浪川会の現在と組織図|浪川政浩総裁の引退と激動の抗争史を徹底解剖
福岡県大牟田市に拠点を置く指定暴力団「浪川会」は、かつて九州全土を震撼させた道仁会との激しい抗争を経て、独自の存在感を示してきた独立組織です。近年、全国的な暴力団排除条例の強化や警察当局の徹底的な取り締まりによって裏社会のパワーバランスが大きく変容するなか、浪川会もまた歴史的な転換点を迎えました。
長年にわたり組織のカリスマとして君臨してきた浪川政浩総裁の引退と、それに伴う「二代目浪川会」への名称変更および新体制の発足は、指定暴力団情勢に大きな波紋を広げています。本稿では、最新の組織図や歴代幹部の動向、血で血を洗った道仁会との抗争の舞台裏、さらには大牟田本部事務所を取り巻く現状まで、一次情報と報道データを基に徹底検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2024年5月に浪川政浩総裁が警察当局へ引退を届け出、2025年2月に「二代目浪川会」へと名称変更して梅木一馬会長を中心とする新体制へ移行。
- 要点2:九州誠道会から浪川睦会、浪川会へと至る改名には、道仁会との泥沼の抗争終結と組織再構築を巡る複雑な背景が存在する。
- 要点3:六代目山口組をはじめとする他団体との外交関係を維持しつつも、構成員数の減少と大牟田本部への厳しい監視により、活動形態は大きな岐路に立たされている。
【2026年最新】浪川会の現在の状況と組織図|浪川政浩総裁の引退劇と新体制
福岡県公安委員会から指定を受ける指定暴力団「浪川会」は、現在「二代目浪川会」として新たな運営体制を敷いています。最大の転機となったのは、2024年5月29日に創設者である浪川政浩総裁(本名:朴政浩)が福岡県警大牟田警察署を訪れ、自ら「引退届」を提出した出来事でした。この動きに連動し、警察庁および福岡県警は2025年2月、組織の代表者変更および名称を「二代目浪川会」へと変更した事実を公表・確認しています。
長年トップを務めた浪川政浩氏の引退は、道仁会四代目体制への代替わりと時期を同じくしており、長年対峙してきた九州の二大勢力が実質的に「抗争世代の退場」を迎えたことを意味しています。現在の最高幹部布陣は以下の通りです。
【二代目浪川会 最高幹部組織図】
- 総裁:浪川政浩(※2024年5月引退)
- 会長:梅木一馬
- 理事長:神宮光彦(神宮組組長)
- 監査役・副会長:山寿治(二代目川口組組長)
- 幹部・直参:福岡県大牟田市、久留米市、佐賀県、熊本県および東京都内に点在する各傘下組織の組長で構成
本部事務所が所在する福岡県大牟田市八江町38-1の周辺では、福岡県警による24時間体制の定点監視や立ち入り警戒が継続しています。かつてのような派手な組員の出入りは大幅に抑制されており、静寂を保ちながらも警察当局による厳しい締め付けが続いています。

九州誠道会から浪川睦会、浪川会へ|血で血を洗う道仁会抗争の真相と改名理由
浪川会の歩みは、日本のヤクザ史上でも屈指の凄惨さとなった道仁会との分裂・対立抗争と切り離して語ることはできません。発端は2006年5月、道仁会三代目会長・松尾誠次氏の引退に伴う跡目継承問題でした。松尾会長の実弟である松尾義久氏の四代目継承に反発した一部の直系組長らが集団離脱し、結成されたのが「九州誠道会」(初代会長・村神長二郎こと朴長浩氏)です。
この離脱を「反逆」とみなした道仁会側と九州誠道会との間で、白昼堂々の銃撃戦、手榴弾の投擲、関係先への車両特攻などが頻発しました。2007年には福岡市内の病院前で道仁会の松尾四代目が射殺されるなど、事態は極限まで悪化。2011年には佐賀県武雄市の病院で無関係の入院患者が人違いで射殺されるという痛ましい事件まで引き起こされ、社会全体から暴力団排除への強い怒りと批判が巻き起こりました。
この泥沼劇に終止符を打つ契機となったのが、警察当局による「特定抗争指定暴力団」の指定と、指導部の世代交代でした。九州誠道会は2013年6月に道仁会との間で警察へ「抗争終結宣言」を提出。その後、組織の再建とイメージ払拭を図るため「浪川睦会」へと改名し、さらに2015年には浪川政浩会長の名を冠した「浪川会」へと改称しました。度重なる名称変更は、単なる看板の掛け替えではなく、苛烈な抗争による警察の追及をかわし、分裂組織から一つの独立した指定暴力団としての正統性を確立するための戦略的判断であったと分析されています。
【データ徹底比較】浪川会の勢力推移と歴代幹部・他組織との関係性
警察庁が公表する組織犯罪対策資料や福岡県警の統計データをもとに、浪川会の勢力推移、歴代体制、主要他団体との関係性を比較分析します。
| 項目 | 詳細・数値データ | 一般的な基準・相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 構成員・準構成員数 | 総勢 約150名〜200名前後(福岡県内中心に東京・熊本等へ分散) | 全国の指定暴力団構成員数は年々激減(15年連続減少) | 最盛期(約500人規模)と比較して大幅に減少。資金源の枯渇と高齢化が顕著。 |
| 歴代トップの推移 | 初代:村神長二郎(九州誠道会) 二代目(総裁):浪川政浩 二代目(会長):梅木一馬 | 世襲や一本化による組織継承 | 浪川政浩氏の強烈な統率力に依存していたため、梅木新体制での集団指導体制の確立が急務。 |
| 六代目山口組との関係 | 親戚関係・友好関係(独立した立場を堅持) | 傘下入り(直参昇格)または親戚縁組 | 上京展開や他地域での活動において中央組織との摩擦を避けるため、極めて友好的なパイプを保持。 |
| 本部所在地・拠点 | 福岡県大牟田市八江町38-1 | 本部事務所の使用制限命令や買収・解体が進む | 近隣住民や自治体からの撤去要請運動が根強く、拠点運用の自由度は極めて低い。 |

【実態検証】大牟田本部の緊迫度と関係者の証言で見えたリアルな内情
大牟田市八江町に位置する浪川会の本部事務所周辺では、かつてのような白昼の示威行動や組員の集団往来は影を潜めています。地元住民の証言や捜査関係者の取材によると、抗争終結以降、組織は「極めて目立たない活動」へと舵を切っています。
「10数年前の抗争当時は、防弾仕様のワゴン車がけたたましい音を立てて走り去り、防弾チョッキを着た警察官が交差点ごとに立っていた。今は街自体の緊迫感は薄れたが、パトカーの巡回は毎日欠かさず行われており、依然として不気味な静けさがある」(大牟田市内の自営業男性)
当時の裁判記録や関係者の手記によれば、浪川政浩氏は卓越した胆力と資金調達力で組織を牽引し、東京都内や山形県など九州外にも拠点を広げるなど、地方発の組織としては異例の拡大路線を敷いていました。しかし、2020年代以降の暴排条例の徹底(銀行口座の開設不可、不動産契約の排除、家族への社会的制裁)は、組織の屋台骨を確実に削り取りました。浪川氏が68歳という年齢で警察へ引退を届け出た背景には、健康面の問題だけでなく、組織の存続を図るために自らが身を引くという「冷徹な計算」があったと捜査当局は見立てています。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|六代目山口組との蜜月と距離感
インターネット上の掲示板やSNSでは、「浪川会は六代目山口組の傘下に入ったのではないか」「山口組の弘道会と一体化している」といった憶測が散見されます。しかし、これは実態とは異なる誤解です。
実際の関係性は「独立した指定暴力団としての親戚・友好関係」です。浪川会は結成以来、巨大組織門下に下ることなく、九州の独立一本組織としての看板を維持し続けています。一方で、関東や他地域へ進出する過程において、六代目山口組の最高幹部らと深い親交を結び、無用な摩擦を回避する「高度な外交戦術」を展開してきました。
また、「抗争が終結したため道仁会と合流するのではないか」という噂も事実無根です。過去の抗争で双方に多数の死傷者を出した経緯から、怨恨の完全な消滅はあり得ず、双方が不可侵の協定を結びながら一定の距離を保ち合っているのが実情です。

【プロの結論】暴力団排除と現代社会の境界線から見出すべき教訓
浪川会の歩みとその変遷を社会学・組織犯罪対策の観点から俯瞰すると、現代社会において反社会的勢力が直面している「構造的な限界」が鮮明に浮かび上がります。
【プロの結論】組織の存続限界と社会防犯から見出すべき教訓
1. 暴力による覇権争いの自己破壊性
道仁会との抗争は、双方の組織力を削いだだけでなく、市民を巻き込むことで「特定抗争指定」という法的包囲網を自ら招き寄せました。暴力団社会における武力行使は、現代の法制度下では組織の自滅を早める決定打にしかなりません。
2. 暴排条例と地下化(アングラ化)のリスク
表層的な構成員数は減少の一途をたどっていますが、これは暴力団の完全な消滅を意味するものではありません。元組員や周辺者が「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」や悪質な特殊詐欺グループへとスライドする現象が全国で確認されています。企業や市民は、看板の見えない反社会的リスクに対して、より高度なコンプライアンス意識を持つ必要があります。
【浪川会】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:浪川会の現在のトップは誰で、浪川政浩氏はどうなったのですか?
A1:浪川会の現在の代表者(会長)は梅木一馬氏です。長年トップを務めた浪川政浩総裁は、2024年5月29日に福岡県警大牟田警察署へ引退届を提出し、一線を退きました。これに伴い、2025年2月に警察庁・福岡県警により「二代目浪川会」への名称変更と代表者変更が公表されています。
Q2:浪川会と道仁会の抗争は完全に終わったのですか?
A2:2013年6月に双方が警察へ「抗争終結宣言」を提出し、以降は大規模な対立事件は発生していません。現在はお互いに不可侵を維持していますが、過去の歴史的経緯から双方の緊張関係を警察当局が厳重に監視し続けています。
Q3:浪川会の本部事務所はどこにあり、現在はどのような状況ですか?
A3:本部事務所は福岡県大牟田市八江町38-1に所在します。警察による定点監視や立ち入り警戒が常時行われており、組員の頻繁な集合などは制限されています。
Q4:浪川会と六代目山口組はどのような関係ですか?
A4:浪川会は六代目山口組の傘下組織ではなく、独立した指定暴力団です。ただし、組織間の衝突を避け円滑な関係を築くため、山口組幹部らと親戚関係や友好的な外交関係を長年にわたり維持しています。
まとめ:激動の再編期を迎えた二代目浪川会の行方と注視すべき視点
激しい分裂抗争と改名の歴史を駆け抜けてきた浪川会は、カリスマであった浪川政浩総裁の引退と梅木一馬新会長による「二代目浪川会」の発足により、名実ともに新たな局面を迎えました。
全国的な暴力団構成員の減少、暴排条例の徹底、そして大牟田本部への厳しい監視が続くなかで、地方発の独立組織が今後どのような組織維持を図るのか。警察当局の監視体制とともに、その動向には引き続き注視が必要です。 (出典: 浪川会(Yahoo!ニュース))